限界点は自分が決めている

毎日日記

廃れた田舎だって変わる

働いている店にセルフレジが導入されることになった。会計だけ機械を相手に客に任せることで時間短縮を図るというあれである。

正直実物をまだ見てはいないが、そんなに時間が変わるものなのだろうかと自分は思っている。

ましてや客層にお年寄りが多いこの地域で、そんなハイカラなものが浸透するのにどのくらいかかるだろうかという方も気になる。

何より急に入ると言われた私たち店員側も結構覚えなければいけないことも多い、カンタンカンタンと言われても環境が急に変わるのはそれなりなイベントでもある。

それに伴って店のレイアウトなんかも変わっていた、こっちは見栄えが新鮮ですぐに受け入れられたが、一つ変われば雪崩のように変わっていく。

こんな偏狭な田舎の地でもこうやって変化が起こっているというわけだ。

田舎田舎といっている私の周りだが、おいしい飯屋が出来たり、医療が充実してきたり(近くにそれなりな医学校があるので)

いつまでもそのままであるという事を願う自分はそもそも間違いだったのではないのだろうかと。

それに伴っていまの自分は変わっているだろうかという考えも出てくる、こんな廃れた田舎でも変わっているのに自分は変わっているのだろうかと、そんな自問自答をさせられ。

急激には無理でも少しずつ変わっていこうと思った。

変化が止まったもの

プチ断食を私が始めたのがもういつごろだか忘れてしまったが、まあ4か月以上は経っているだろう。

久々に体重でも計ってやるかと、仕事終わりにパンツ一丁で体重計に乗った、その結果は66.4kgだった

私の身長が172cmなので適正体重には少しほど届いていないが、それでも多分セーフラインくらいにはたどり着いていると思う。

前に計ったのが数か月前でほとんど変化が起こっていないけど

つまりプチ断食の効果が出ていた時期はもう終わりを迎えていたのに、おそらく数か月は気づいていなかった。

もちろんプチ断食という行為自体をやっていなかったわけではない、仕事がロングの日にリズムをずらしたりすることこそあったが、その習慣自体は今日も昨日も続いている。

つまり変化しきったものがいまここに出ているのだと。それは一つの私の中の変化でもあるんじゃないだろうかとも思っている。

だって、ここまで変わり切ったものは今まであっただろうかと。思い当たる節がないのだ。

人間の限界は誰が決めるのかといえば、大半は自分自身だと思っている

自分がここが限界だと思ったらそこで限界を設けてしまう、ほとんどの事は限界まで行くことがないのに。

プチ断食に関してはこれがおそらく本当の限界だろう、でも限界が見れたことは一つの経験かもしれない。

中学の頃の勉強だって限界を感じたことがない、でもやり抜くってこんな感じなのかなと思うとなんだか軽くなった気がする、なにが。

もうこれ以上痩せるためにはそれこそ食事自体に手を加えるか、もしくは運動を取り入れるか、つまり次のステップに入ったんだなと。

でもまあ何もしないんだけど

運動するとしても、気が向いたらやり始めるかもしれないが、体重を減らすという目的自体は達成しているので、今はこの変化でもいいかなと考えている。

だから、他のやるべきこと、やりたいことの限界を今度は追及していこうと思った。

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