一つの生きる指針

教師というもの

私は理不尽というものが心底嫌いである、理にかなっていればどんな事を言われたとしても、そこに非があるのだからと納得できるわけだが、理由のない、もしくは理由が見当たらない、八つ当たりのような怒りなどをぶつけられたときは憤激する。

だから露骨に悪意を向けられたとき、理不尽をぶつけられたとき、私は最大限の抵抗と報復を頭に浮かべている。

それは高校生の頃の話だった、そのころからよくどこでも寝ていた私だったが、流石に授業中に寝るのは不味いと休み時間に寝ていた。

そこを後ろからつつかれる、ちょっとしたちょっかいだったのだろう、でも私は寝るのを邪魔されるのもとんでもなく嫌いで、何度か軽く抵抗してもやり続ける奴についカチンと来て、それでも暴力沙汰はよろしくないと、そいつの制服のボタンを全て引きちぎったことがある。

当然問題となり、その場で謝れば問題はなかったことにしてすべてを水に流すと担任に言われたが。

休憩時間に寝ていただけの俺がなんで謝らなければいけないんだ、と理不尽に抵抗する悪い癖が出た。

当然反抗し続けていたが、担任は卑怯なことに親を召喚するぞと脅しをかけてきた、それでも正直話もろくに聞かない糞担任なんぞ誰があてにするか糞野郎がてめえが謝れ無能がと頭の中で思いつつも、親を呼び出されたら迷惑をかけたらというのも頭に浮かんでいたし内心ガクブルだった。

そんな時学年主任がやってきて、双方の話を聞いて、その先生は私と二人きりで話をしたいと言ってきた。

話は聞きました、家風君は寝ていただけなのにちょっかいを出され続け、それで怒ったんだねと

そうですよ、なんすか、先生も俺が悪いって言うんすか、俺が謝れって言うんすか

いや、ちょっかいを出してきた彼らの方がおかしいね、でも謝ろう

なんですか、俺悪くないのに謝るんす

この場では謝ろう、それが大人の対応ってものなんだ。家風君が悪くないのは分かる、でも世の中には話を微塵も聞いてくれない人がいるものなんだ、そういう人とはできる限り関わり合いにならず、穏便に終わらせることを考えたほうがいい、相手にした方が時間の無駄ってものなんだ

これが私に突き刺さった言葉である。本心を隠さず、こちらの話もちゃんと聞いたうえで、たとえその相手が担任教師だろうとも本音を隠さずに私に話をしてくれたこの学年主任こそが、本物の教師だと思った。

この話をされてから私は謝った、そして担任教師の事を二度と信じないし、関わらないことにした。

私は教授は好きだが教師は嫌いだ、でもこの先生だけは特例だと思っている。

世の中にはとんでもない人間がいる

世の中とんでもない奴がいる、今までどうやって人間世界に紛れ込んでいたのだろうかという珍獣もいるし、人として越えてはいけないラインを平然と越えてくる奴もいる。

ネットをやっていると見たこともないやべーやつもたくさんいた。そういうやつらとどう接するべきか、いや、接しないのが正解なのだと。

そして無駄に敵を作らないことが処世術であるとこの教師は私に教えてくれた。相手にするだけ時間の無駄なのだと。

だから話にならないと分かった瞬間にシャットアウトするようにしている。

愛想笑い

これは居酒屋バイトをしていた時の話、私は愛想笑いというものが実にへたくそである。

つまり配信で爆笑してるときは本心から笑っている。

居酒屋バイトをしていた時に言われたのが、客は笑っていれば案外許してくれるものなのだと。

申し訳なさそうに落ち込んだ表情をしていると、そこに付け入るように調子に乗る客というのも結構いるから、たとえミスをしたとしても愛想笑いをしろという事を教えられえた。

ちなみにこの人とは喧嘩別れをして、のちに和解をして、また店に食べにでも来いと言われている。この話はいつかバイト関係の話をまとめてあげたいと思う。

わざわざ波風断たせる必要などないのだと。

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