私の決断

毎日日記

受けない選択肢

今日はっきりと、今年の国家試験を受けないことを親に話した、実際は今日までが試験受付の限界だったのだが、やはり受けないことにした。

毎年試験だけを受けるというのも心構えというものが身につくという話を聞いていたし、その話の信憑性を全く疑うわけではなく、むしろその考えに賛同する側ながら何故受けないのかと言えば、落ちる確率が100パーだからという実感が自分の中にあったからだった。

試験を卒業時点で受けたとき、必須が7割、残りが4割の合格率だった、まずもって話にならない状態だったのに、いま受けても受かるわけがないのだ。

この手の国家試験は年々難化傾向にある、薬剤師国家試験には爆弾問題という一問それを間違えたらもう不合格ねといわれる問題も入っているし、いまそんな地雷原たくさんの試験を受けても微塵も受かる気がしなかった。

これが仮に一年勉強をしていて、合格する確率が3割でもあるかもしれないという話だったなら私は受けている、そして次に向けてまた心構えができているかもしれない。でも、0割の状態で受けたらそれこそその状態が惰性になりそうな気がした。どうせ来年も、どうせ再来年も、そしていつまでも諦めきれずにズルズルいくのではないのかという予感が。そっちの方が強かった。

だからでこそ、できる限りな準備はして、そのうえで挑みたい、そういう話をしたら、その話に嘘がないと思ってもらえたのか、親は納得してくれた、しぶしぶ、結構不満げではあったものの。

そんなことを言ったのだから、明日から頑張っていこうと思う。今日はロングだったから正直できなかった。というか、ロングでこれなのだから社員になったら試験勉強すらできなくなるのだろうなと思うとなかなか社員になる選択肢が取れない。

私は大学を出てから就職活動もしたが、全敗だった、そらそうだ、年齢に、情勢にとそもそも社員になれる人が極端に少なかった時期だったから、だからパートでつなぐことにしたしそんな事情を親も分かってはくれた、でもそんな状態のままでいいなんて自分も思っちゃいない、せめて今年までにこのパートを辞めても何の問題もなくなっているようにはしたい。

奨学金の支払いなどもあるので、無職の糞ニートになる選択肢だけは取れないから、それはある意味自分にとって助かっているかもしれない。働く必然性というものは。

進捗

明日から、もう日付変わってるけど

フォロワー+1 短時間なのでしょうがない、それでも人が増えるのは嬉しい。

4勝0敗 負けなし、正直味方が強いだけだなってゲームだと思っていたが、思った以上に自分への評価自体は高かったので自分のプレイも悪くはなかったのだろう。人に当たって煽る意味を考えた、どうやったって伝わらないし、理解できない奴にはできない、自分ができる最善を尽くすしかない、そう考える事はいつもリスナーにも言われていた、やっと自分で理解できてきた気がする。

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