初日は家から一番近い店、近い店からA店B店C店とするが、A店で研修を受けることになった。
バイトに入る前日にネットで少しだけ下調べをしていた、ネットではやってはいけないバイトと言われる3候補の一つであったが、実際に調べてみると違うかもしれないと。
コンビニバイトの仕事内容について私は調べていた。
レジ業務、接客、店内清掃、商品の品出し・陳列、商品の発注、ファーストフード、コピー機やATM、チケット発売機などの管理、収入代行
こんなところである、正直多すぎで、これを最低賃金でやらされるって本当かと嫌な気持ちになったが、他にバイトの選択肢がなかったので諦めることにした。
調べているといろんなサイトで見かけたのだがコンビニバイトはほぼ例外なく研修ビデオなるものを見るという記事が出てきた。
そのビデオさえ見れば大体やることは分かるという話だし、覚えるのが苦手な人はそれこそ難しそうな場所をメモすればいいと書かれていたので、まあ何とかなるやろといった気持ちで店へと向かった。
店のバックヤードにはいると、そこで店長が待っていて制服と名札を受け取った。
そして簡単な出勤管理を教えてもらう、名札にあるバーコードをバックヤードにあるPCに繋がったリーダーで読み込むというものだった。
手荷物は部屋のかどにあるロッカーに入れろと言われる、みな兼用で、鍵などない。
受け取った制服を、普段は客としてみていた制服を自分が身に着けている。安い化繊の服だったが、自分の知らなかった世界に入ってきたかのようで少しくすぐったい気持ちもあった。
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「それじゃ、早速レジに入ってみましょうか。最初は何もわからないと思うので、Tさんの後ろに立ってみていてください」
『あれ?研修ビデオは?』
そんな心の叫びもどこかに、私が呆気にとられている隙に店長はどこかへと出ていった。
店舗が3つもあるせいなのか、店長は多忙で一つの店に用事もなく長居はしないとはTさんからの言葉だった。
Tさんは初日にバックヤードに案内してくれた40代くらいに見える女性だった、身長は私より高く、恩和そうに見える。
「この間はありがとうございました、これから一緒に働くことになりました家風です、よろしくお願いします」
コンビニ店員で初めて会話をしたのはもしかしたらTさんが初めてだったかもしれないが、その丁寧な対応で私の中の店員像は結構よいものになっていた。
コミュ障は敵じゃないと分かると途端に心を開くのである。
「はい、よろしくお願いしますね、それじゃ早速レジの操作について教えますね」
研修ビデオのビの字も感じさせない初日だったが、Tさんに少しだけ安心を感じてもいた。
困ったらこの人に助けを求めれば何とかなるだろうと、まだ甘えも残した大学生のバイトには少しだけ心強かった。
Tさんは教えるのに慣れているのかわかりやすい説明で、レジ操作の全てを教わることはできなかったが、これだけ覚えておけば十分といったところまでは教えてもらうことができた。
「呑み込みが早いね、やっぱ薬学部にいたりすると勉強もできるんやろね。それじゃ今日は少しだけ接客もしてみようか」
私がTさんに、自分が薬学部にいると言った覚えは一度もない。
十中八九店長が漏らしたのだろうと思った、私としては不意な事故が原因の一つとはいえ、ダブったことを知られたくなかった。
だからこの一言が出たときは自分がフリーズしたのも覚えている。なんでTさんそのこと知ってんのと、そして秒で誰がばらしたのかも。
それにダブった自分が、それでも自分は頭が良いと思えないのでそういったことは隠しておきたかった。
何よりこういう物言いが嫌いだから教えてなかった。
ただ、もう漏れてしまったものはしょうがないかとも。Tさんには悪気がないのも分かる。
多分ただの世間話的なクッションを置いたつもりなのだろうと思えば、Tさんにイライラだったりむかつきだったりを覚えるのは違うよなとも。
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それから初めての接客に入った。客は常連、事情も前もって説明して相手が怒ることもないとなると安心だった。
コロナ前の話です
「じゃ、これお願いね」
「はい、お預かりします」
やることは割と単純だった、客から商品を受け取ってレジに通す。そして合計金額を伝えてお金を出してもらう間にレジ袋に商品をいれる。
そしてお金を受け取ってレジで精算をして、レシートと一緒におつりを渡す。
おつりが手動で、渡し間違えを起こさないかどうかそういった不安はあったが、それ以上の問題はなさそうだなと思った。
なんだ、このくらいだったら自分でもできるじゃないかと。
だがその程度で終わらないのは前もって知っていた、ネットで調べた数々の仕事の、たった一つでしかないのだから。
それでも安心はできなかったが、最も最低な『何もできない給料泥棒みたいな存在』にだけはならないで済みそうだとも思った。
そこからは常連でも何でもない客の接客も任されるようになり、初日ということで2時間ほどでその日のバイトは終わった。
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終わり際に店長が店に戻ってきた、すでに私の中で店長の株は焼失しかけていたが、店長はシフトが決まったとのことで、私に伝えに来たとも言っていた。
「じゃあ、明日はB店でお願いします」
「え、あ、はい」
レジ打ちしか習ってないけど、まさかこれで研修が終わったってことなのか、そう思ったが、それを口に出せるほど強い人間でもなかった。
「まだ習ってないことは、向こうの店で働いている人に聞きながら覚えてください」
やっぱり教わってないことたくさんあるよなあと思ったが、この店で一番偉いのは店長なのだからと、理不尽なことにもこちらが大人になろうと思ったものだった。
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家に帰り、親にバイトの報告をした。
研修ビデオがなかったとか、レジ打ちくらいなら何とかできそうだとか。
「あんたが社会を知らなかっただけで、大体そんなもんよ」
「そうなんかなあ」
実際社会に出てないペーペーの大学生だったので、社会など知らないのは当然だった。
だからこれが普通なのだと言われれば私は信じるしかなかった。
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たとえ二日目からが真の地獄だったとしても。
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