店に入ると、レジの内側に小太りなおっさんが立っているのが見えた。
最初の出会い方がもっと良ければ、少しは違った見え方をしていたかもしれない。
年齢は40代か、下手したら父くらいの年齢にも見える。
身長は自分より少し高いくらい、典型的なビール腹に、肌の色は病的に黒かった。
人に聞いた話では彼もベテランの一人らしく、曰く何年もコンビニバイトにいるのだとか。
『いやそれ逆に怖いわ』そう思ったのはしょうがないと思う。
制服に袖を通しレジに出たがまだ客はそこまで多くなかった。これはいいタイミングだと、私は足立さんに自己紹介を始めた。
「こんにちは、自分この間からここでバイトすることになりました家風です、よろしくお願いします」
「おう」
そして沈黙が流れて数秒。
『え、終わり?』
返事もしくは相手の簡単でも自己紹介があるものかと思ったが、名前すら教えてくれなかった。
それどころか「おう」って返事は一体何様なんだろうかと、だが気が弱い私は何か触れてはいけない危険物のようなものを感じていた。
『こんな人種もいるんだろう』そんな気持ちで流すことにした。
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「すみません、これ自分分からないんですけど変わってもらえますか」
早速わからない仕事が来た、数日しか入っていないのでしょうがないとおもいつつ。
できることなら足立さんには頼りたくなかったが、それで客を待たせる方が面倒だと私は腹をくくった。
「あー、これかあ、ちょっとおれもわかんねえや」
『はあ』
心の声が漏れそうになった。
何年もいるはずなのにできない仕事がある、そんなことが本当にあり得るのだろうかと。
自分が想像していた最悪の、更に上を行く悪質感を感じる。
「マニュアルがあるからそれ見ながらやってよ」
そうしてマニュアルをどこからか持ってきて私に手渡す、マニュアルは薄くない、探すのだけでも時間がかかりそうだった。
「これどのあたりに書いてるんですかね」
そういって足立の方を向いた、彼がこちらを向くことは無かった。
聞こえてなかったなんてことは無いだろう、彼との距離もそこまで離れていない。
そもそも彼の前にいた客が気づいてこちらを見ていたくらいなのだから。
つまり無視されたのである。
その対応に私は少し固まったが、だからとそのままにしていてはお姉さん(客)に申し訳が立たないと。
「申し訳ありません、少々お時間かかるかもしれません、本当にすみません」
心の中では土下座をし、リアルでは頭をブンブン振って謝った。
私の手に合ったマニュアルを見て察したのだろう
「ああ、うん、大丈夫だよ、落ち着いてね」
優しいお姉さんに私の心は少しだけ平穏を取り戻していた。
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マニュアルを見ながらだったが、やったことがないことに当然のごとく苦戦した。
「ありがとう、バイト頑張ってね」
そういったお姉さんの言葉はずっと思い出せるくらい記憶に残っている。
誰の手も借りず(借りられず)達成した達成感より、お姉さんに対する申し訳なさのほうが勝っていた。
レジにたくさん待つほどの客がいなかったのが不幸中の幸いだったのだろう。
そして私の中で客は別に怖い存在ではないんだという認識が生まれた。
頭でっかちにネットの話だけを鵜呑みにしていた私は、たった一人の客によって、いい意味でぶち壊された。
これから私は客に対して、できうる限りの礼儀をもって接客しようと思うようになっていった。
そして足立は二度と信じないし頼らないと、そして私は絶対に彼が困っても助けないと誓った。
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レジでやれないことはだいぶなくなっていた、そもそもマニュアルがあるのだったら最初からそれを見せろと思うくらい、心に余裕ができてきていた。
客の流れも少し緩くなっている、それでも普通の店で考えればまだまだ店内に人がいるなか、足立は私に言った。
「じゃ、じゃ、ちょっとおれたばこすってくるから、ね、ね」
言われたことの意味が分からず、私はフリーズしていた。
そうして固まっている私を横目に、足立は制服を脱ぎ捨てて一人店の外へと行った。
客はまだいる、レジに並ぼうとしていたスーツ姿の男性客が、その一部始終を目撃していたのか、彼もまたフリーズしていた。
『頭おかしいんじゃねえのこいつ』
仕事もできないのに仕事さぼるのかこいつと、当然コンビニバイトにタバコ休憩なんてものがあるわけがない。
そもそもコンビニバイトに休憩という概念はほぼなく、客が来れば強制的に終了されるものくらい。
それも休憩は何時間以上働いたらという条件付きで、たかだか4時間5時間程度のバイトに休憩はない。
つまりただのさぼりである。
「い、いらっしゃいませ」
私も出て言ったら店は無人になる、そんな状況が作れないから足立は逃げたのだと気づいたとき、私の顔はこわばっていたらしい。
「あの、大変そうですね、大丈夫ですか」
気弱そうなサラリーマンが申し訳なさそうにこちらに商品を置いてきた。
「はい、大丈夫です、ありがとうございます」
そう受け答えして、私は客を相手し始めた。
そうして一人黙々とレジをやっていた、ついぞ足立が戻ってきたのは
20分後だった
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こいつとはもう口もききたくないと思うのと同時に、店長にlineでチクりを入れておいた。
これで少しでも良くなればいいなと思いつつ、その日あった全ての事を、細かく逐一時間まで記録しておいたので報告しておいた。
ラインのボックス4個くらいになった、それだけ私の怒りや憤りが積もってい他に違いない。
店長からの返事は既読スルーだった。
『類とも』そんな言葉が頭から離れなかった。
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