コミュ障と言われる人の勘違いと打開方と結末

無自覚なコミュ障

私は人と会話をするのが好きです。でも私が人から話しかけられることは基本ありません。

別に人付き合いが悪いというわけでもありません。むしろ誘われればすぐに、誰にでもついていきます。

そんな人、多いんじゃないでしょうか。

私は割と行動派でもあるので聞いてみました、どうして私は誘われないのだろうかなと。

但し普段あまり接点のない人を選びました。

だって身近な人に聞いたら精神的ダメージがでかいじゃないですか。

そんなこと聞くから変な人って言われるのかもしれませんが。

勘違いは容易に断罪される

「自分が話をしたいだけの人になってないか」

聞いた知り合いからそういわれると、胸にはたと来ました。

話をしたいとは思うが、結局自分の周りで起こったことを話すばかりになっていないかということを。

「コミュニケーションはキャッチボールだから、投げてばっかりじゃ相手が飽きるよ」

そういわれて振り返ってみると、自分はキャッチボールではなく、ドッジボールをしていたような気がします。

マシンガントークです、時間がいくらあっても話をしていられると思います。

相手は見事に撃ち抜かれました、おそらくこいつに話しかけるのやべーからやめておこうという教訓を得たことでしょう。

会話が続けばコミュ障ではない、わけではない。

知らない人になっている

何かの講義のとき、授業のとき、就業のとき、隣り合ったからと話をする相手がいる。

そんな相手は普段は会わないけれど、あった時だけよく喋る。

しかしその時間が過ぎればそんな彼らとは誰とも会話をしなくなる。

そんな感じのことを言った彼は、最後にこう締めくくった

「独りよがりになってる奴って多いんだ、自分がしゃべるだけ喋って、でも実際は相手のこと何もわかってないからそいつの頭の中にも残らない」

そういわれて私は彼のこともよく知らないなと気づいた。

なるほど、彼も同類なのかもしれないなとも。

要は尊重しあえばいい

聞き上手は話し上手という言葉を思い出した、だから私は彼が自信満々にする話を聞きながら、そういえばこいつの事もあんまり知らなかったよなあと思い、よく話を聞いてみることにした。

彼は私に良く自慢話をした、親からいくら金を送ってもらったとか、この前こういうものを買ったのだとか。

彼の家族構成や、彼の周りの環境についてはよくわかった。

だけど結局時間を許す限り聞いても、彼自身はよくわからなかった。

というか鼻につくことばかりを言うものだから、私は真剣に『こいつに話しかけるのやめとこ』と思うようになっていた。

そして私は知り合いを一人失い、また孤独に近くなっていったのだった。

どうすれば治せるのか

彼の言うことは一理どころか100理はあったに違いない、彼が言う言葉に共感もしたし、そこで学びを得たとも思った。

しかしそれが実行できるかどうかは全く別の話である。

事実彼は実践できていなかったが、考え自体は正しく持っているようだった。

どうすれば彼のように自爆せずに済むだろうかと考えたが、こればかりはもはや生き方の問題でもあるのかもしれない。

私は元来人を楽しませたいという欲求が人より強いと思われる、ゆえに話をする内容をバラエティーに富ませることを考えていたが、それでは結局相手のことを考えていなかったのだと気づかされた。

一人の知り合いによる盛大な自爆によって、私は一つの学びを得た、それは相手をリスペクトしなければいけないということだ。

話を聞いてもらいたいと思うのであれば、相手の話も聞いて、意見を交わす、そんな対等な関係にならなければいけないのではないのだろうかと。

そしてそう考えると、私のマシンガントークはぴたりと止まるようになっていた。

トーク相手を射殺するようなこともなくなっていた。

そして尊重しすぎた私はこう考えるようになった。

『俺の話なんか聞きたい奴なんかいるのか』

と。そうして孤独に拍車がかかっていったが、なんだかんだ聞き上手になっていくと、それなりに人の輪に入りやすくはなっていた。

なお、これで遊びに誘われやすくなったかといえば、全くそんなことはなかった。

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