掃除は好きですか

部屋に物がなければ汚くなる部屋はないなんて、どこかのミニマリストは言ったらしいが。

そんな生活は御免だ、物の多さは心の雑念なんて表現もするが、ものが多ければそれだけ種類の多い豊かさも表現しているのではないのかと自分は思っている。

まあそもそもそんなに無駄なものを買ってもいないとじぶんでは思っている、ただペットボトルが増えるのはもう現代社会の避けようのない宿命ではないだろうかと思っている。

今日は部屋の掃除をした。掃除というのは別に嫌いではないし、むしろ好きな部類に入るだろう。だから実はパート先で閉店前に掃除するのが一番好きな仕事だったりする。

誰も見つけきれなかった綿埃を掻きだしたときは興奮まで覚えてしまう、小銭を見つけることもあるが、そこはそれ流石に店に保管するので少しさびしさも感じる。

衝動的にやりたいと思わなければ自分はだいぶ掃除をしない人種でもある、俗にいう試験前にしか掃除しない人種でもある。

そんな分かりやすいスイッチの一つが、ひょっとしたらペットボトルなのかもしれない。と言ってもそんなに買ってくるものではないので、私の部屋にペットボトルが大体3個あると掃除スイッチが入る。

主に部屋に増えるゴミが何かといえば、母が気まぐれに買ってくるお菓子だったり、姉が送ってくるお菓子だったり、父が衝動的に買ってくるお菓子だったり。

あれ、実は俺の甘党の原因家族なのでは。

衝撃の事実に気づいたが、今回は掃除の事なので話を戻そうと思ったが、お菓子のごみが大半を占め、ゴミ箱の中を占めているという事実に気づいたわけだが。

だとしたらこの部屋実はかなり汚れにくい部屋だったりするのでは。

そう思えてきた。

公開してはいないが、タンスをぶち抜いて物置にしてるスペースがあるのだが、そこにあるのも実は参考書だったり本だったり、ヘッドホンの空き箱といった保証書とかがあるようなものだったりするので存外無駄なものというわけでもない。

以外にも自分はミニマリストだった可能性が……?それはないか。

自分は掃除をしたくないというわけではないが、そんな自分に歯止めがかかる理由は一目瞭然だろう。

畳がボロボロになってるのだ。ここは特にひどい場所で、他はここまではない。大体二枚目の写真のような畳だが、まあ歴史を感じさせる畳にはなっている。

何しろ自分が生まれる前から存在していて、何十年と人に使われた部屋なのだ。畳を変えるくらいなら部屋を変えると思う、家自体にもぼろが来ているし。

そしてここの畳を

家族内で兼用のこれで吸う、ちなみにダイソンである。

2回に一回は詰まる

吸引力の問題ではない、頭の先にあるスクリューに絡みつくから、掃除機の頭部分が回らなくなるのだ。

そして詰まるとこの先っぽの掃除機の首部分を分解しなければいけない。これがまた面倒で面倒で。専用の道具とかもないので硬貨でマイナスねじ?を開けて、ばらばらに分解しなければいけない。

だったら掃除ここだけ避ければいいのではないのかと思われそうだが、だけどこの一枚目の写真を見てもらえばわかると思うが、ここがおそらく一番汚れるし埃もたまる場所になる。

何しろコードがごっちゃになっていればメインのパソコンも置かれている。自分の足元に当たるこの場所、ここを掃除しなくてなにが掃除なのかと分かってはいる。

だから本当に気が向いて、時間が空いてるときくらいしか、ここを掃除できない。掃除機が詰まるリスクを考慮に入れて掃除をするというのもなんとも変な話だが。

ちなみに箒ではどうしても残るので、掃除機を使う以外の選択肢はない。

そしてまた掃除に戻るのだった(掃除途中のブログより)

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