やらなければいけないことを守るために

休みの日になると、私はパソコンの前で一日を終わってしまうことが多い。しかしそこでやっていることは自堕落な物ばかりで、本当に自分がやるべきことだと思っていることからは、かけ離れたものである。

実は休みの日よりも、その日仕事がある日のほうが何かしらとやれることが多い。もともとずぼらで怠惰な性質も持っている私だからでこそ、なんでもできるパソコンを前に、その日休日で何もしなくていいともなると、それはもう語るまでもない事態になっていく。

じゃあどうするのか?

行動を習慣化する

人間の行動は大半が習慣化されているといわれている。

例えば学校に行くときや会社に行くときに何も考えなくてもつくことができるだろう、その理由は毎回同じ道を通うからでこそ、登校または出社が習慣化されていて、その行動を頭で考える必要がなくなっているというわけでもある。

そして人間は結構な割合で行動が習慣化されており、習慣の生き物とも呼ばれている。

自分が普段やりたいことを習慣化させるにはどうすればいいのか。

それは毎日少しずつでもいいので繰り返すことである。

そんな記事やら書籍をどこかで見たので、私は毎日執筆というものをnoteでブログ形式にしながら報告して続けていた。

その継続日数はわずか120日だったが、実際その効果は出ていた。

やらないと気持ち悪いという感覚を覚えたり、一番実感したのは、やらなきゃなという感覚が消えて、今日はどんなブログの内容を交えて報告しようかという考えになっていたことある。行動は立派に習慣化されていたのだったわけだ。

だからでこそ、いま毎日更新できていないのに強烈な不快感をも覚えている。

誘惑を断ち切る

やらなければいけないことと、やりたいことは全くの別物である。

私がゲームをしたいという感情ほどに、しなければいけない勉強をやらなければいけないという感情は強くない。

人間はもともとの性質的に怠惰であり、さぼる口実や猶予があるといともあっさりそっちに流れてしまう。

だったらどうすればいいのか、誘惑を断ち切る努力をするのが一番だと思っている。

例えば私の場合ゲームや、人の動画や配信を見るのが好きなわけだが、一度開くと、時計の針をすり潰しているかのように、あっという間に時間は過ぎていく。

時間は有限なのである

人間に与えられた24時間をうまく生かすにはどうやっても、我慢しなければいけないものが出てくる。

だが好きな食べ物だけど体にあまりよくないものと、嫌いな食べ物だけど完全栄養食を見せられてどっちを食べるかと。後者を選べる人はそういない。

だったらどうすればいいのか?

見なければいいのだ

見えなければ食いたいと毎回思うわけでもない、毎回見たいというわけでもない。

ちなみに私の場合、インターネットのブックマークから見えない場所に、普段開くフォルダを全部埋めて置いた、きっと明日から行動も変わるだろう。

時間を決めて行動

時間が限られているのであれば、時間を決めて行動するのも有効だといわれている。

24時間をうまく使うには時間を正確に管理するのは、言われてみれば当然だよなとも思ったものである。

ただこれに関しては私はあまり語る口を持ち合わせていない。

何故なら私は時間管理がとにかく下手だからである。

まあ有効だといわれているのだから、私もまた挑戦してみようとは思う。一日の中に、本を読む時間と、いろいろ書く時間と、そして勉強をする時間を確保しようと思っている。

ただ私が時間を決めて行動する事に対し、一番大事な要素だと思っているのは正しく守るところではないと思っている。

そのルールを守るために『生活リズムをまともにしなければいけない』というところに私は感じた。

何故なら、起きる時間から逆算して行動する時間を確保していくのだ、起きる時間がずれれば当然破綻する。これが私が一番苦手な理由の一つだと思っている。

そして起きる時間を守るためには、当然寝る時間も規則正しく守らなければいけないということになる。

そこが一番大事なのではないのかと睨んでいる。

結局規則正しい生活が一番

ここまで書いて結局やっていることはただの規則正しい生活であると気づいた。

生活リズムが正確であれば、何事もうまくいくのだといわれているかのようでもあり、私の不規則な生活を戒められているかのようでもあった。

健全な精神は健全な肉体に宿る

これが私の最も言いたかったことだったのかもしれない。

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