そんなあったかもしれない未来

毎日日記

実はよく言われる

家風さんって、技術職の方ですか?

良く配信で言われる、私はそんなに技術職の人間に見えるのだろうか。

とりあえず概要欄に割と自分がどんな人間でどんなことやってきて今どんな仕事をしているのかも、結構赤裸々に書いているはずなのに読んでくれないという事だけは分かった。

その質問に少しだけ補足説明をするなら、確かに技術職になりえた未来は存在していたという事をここで話そうと思う。

高校受験で変わった

私は中学時代、はっきり言って勉強狂いと呼んでいいくらい勉強している人間だった。

恐らく人生の中で最も勉強をしていた時期であり、だからでこそ今やっていないという反動を受けているという可能性もある。

まあただの言い訳に過ぎないが。

そんな私の高校受験は、実は第一志望に工業高校を選んでいた。工業と行っても県随一の高校で、全国的に見ても結構高いレベルの高校だったはずである。

その当時はっきり言ってやりたいことが何も見つかっていなかったのだ、中学生あるあるだとは思うが、人生の岐路を割と決めかねない高校受験(この先の選択肢が減るという意味でも)で、この選択を迫るこの国は少しおかしいと思っている。

当時からネットゲームにドはまりしていた私は、そんな状態から情報技術科を志望していた。

プログラミングとか、こういうの作る側も楽しそうなんじゃね?と。

そして親友と、その友人と、私を含めた3人がその高校を受験した。

ちなみに当時の私の偏差値は65くらいあったらしい。自覚は無いが秀才くらいには言えるレベルじゃないのだろうかと。

そして私だけが落ちた。

塾長でさえ、私と受験後に出会ったときの第一声が「おめでとう家風君」だった。

誰かの話と勘違いし、私が合格したのだと思い込んでいたそうだ、そして自分が落ちるとは微塵も思っていなかったのだと、そのあと必死に謝り倒していたがその衝撃たるや一生忘れんだろう。

そして無難に受けていた高校、進学科を受けていたはずも成績が良かったからと特進コースに来ないかという誘いもあってそちらに行くことになる。

ちなみに特進コースのほうが偏差値が上というオチである。

何で落ちたんだろうなと正直いまでもわからない。でもここで自分が技術職になる未来はおそらく消えたのだろう。

堅実に生きようという将来になったのもこれが契機だったのかもしれない、歌手とか、作家とか、いろんな可能性をここで見なくなってしまったのかもしれない。

その結果が薬学部卒業からパートタイマーだとは昔の自分に行っても信じないだろう、更に趣味は配信ですなんてもっと信じないだろう。

どう見ても堅実の真逆行ってるし。

でもまあ、その後に薬剤師になったってオチをつければいいんだな、そんな気持ちでまた勉強頑張っていこうと思う。

そんな私の過去。

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